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ブログ「戦国を歩こう・安土問答」

---( ●当方サイトのブログ内容への引用として「戦国を歩こう・安土問答」ブログ全文を以下に転載しております。 )---

◎「安土宗論/問答」の歴史解説は ⇒ こちら①こちら②

引用元: ブログ「戦国を歩こう・安土問答」
( http://blog.livedoor.jp/sengokuaruko/archives/44654780.html )

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安土宗論まとめ
2013年07月06日19:30

浄厳院訪問をきっかけにして着目した「安土問答 安土宗論」
これまで3回にわたって考察してきた。今回はそのまとめ。

「安土問答 安土宗論」について、当初は審判・判定の公平性が争点・論点かと思っていたが、『信長公記』を読み込む中、いくつかの点が見えてきた。

1.「そもそも公平公正な審判・判定による試合(宗論)をやる状況にあったのか?」
2.「やる気のない相手(浄土宗側)に試合をけしかける法華宗徒の行為自体に問題があったのではないか?」
3.「信長は、妥協案を受け入れず宗論での決着に固執する法華宗徒を懲らしめるために一芝居うったのではないか?」
4.あくまでも騒動を収めるための手段であり、宗教弾圧ではないのではないか?
これらの点に関して順次見ていく。

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1.「そもそも公平公正な審判・判定による試合(宗論)をやる状況にあったのか?」
という点について。

宗論をやりたがっていたのは、法華宗側のみ。
最終的に、信長が提示した浄厳院での宗論開催案の条件、これを法華側が受け入れたことで開催となったが、その前から「騒ぎを収めれば罪は問わない」としていた。即ち法華宗徒は条件付きだが斬首されずに済むチャンスはあったという事になる。

織田信長、法華宗側、浄土宗側という三者の立場からみると
①織田信長は穏便に済ませれば「騒動を起こした罪を問わない」というスタンス。
②浄土宗側はやり過ごそうとしている。極力相手にしようとしていないことが窺える。
③宗論の開催を強く希望したのは法華宗側のみである。

浄厳院での宗論開催は、法華宗側が宗論を行う主張を曲げないためであり、これに対する信長の妥協案である。信長は最初から計略を持ってハメようとしていた訳ではない。

事件の争点は、あくまでも宗論に固執し、自重しようとしない法華側にも問題があったと言える。これを踏まえると、安土宗論開催の構図は、主張するばかりで、大人の対応ができない駄々っ子のような法華宗徒の行動、これを懲らしめるために信長が一芝居うちお灸を据えたと疑わざるを得ない。

双方が試合を望みその審判を信長に依頼したという話ではなく、一方のみ(法華側)が試合をやりたがっていたという状況からも分かる事。
そして、もう一方の浄土宗側は試合自体を望んでいない。

公平な試合判定というのは対戦相手同士の両者の合意の元で行われる試合に於いて必要不可欠な物。
ところが本ケースでは当てはまらない。明らかに法華宗側が一方的に浄土宗側に宗論を強要しているのであって、この行為自体がフェアでない。最終的に浄土宗側も信長の案を受け入れて宗論の場に立っているが、それは法華宗徒が自らの主張を曲げないためであり、こうした圧力から逃れるため、浄土宗側は信長の妥協案を受け入れたと考えるのが自然だ。

私の考えでは、浄土宗側は宗論すること自体、そもそも望んでいなかった。そして浄土宗側の浄厳院での開催案を受け入れた背景には、何らかの計略という保証があったからこそ受け入れたのだと見る。そして宗論に向けては浄土宗側も周辺地域から高名な僧侶などが集められた。これは、法華宗側に試合形式であると見せかけるための物。上記のような理由で懲らしめるため。だから大々的に集められた。

このことから、三者関係で見ると信長も浄土宗側も、かなり法華宗側に歩み寄った上での浄厳院での宗論開催を提案した言える。法華宗徒は熱くなってしまったため自分の足元が見えなかったのではないかとみる。加勢を呼び寄せ、集団となった上に後戻りできなくなる、徒党を組み人数が多くなると、集団心理が働く、その集団の心理はヒートアップして自制が効かなくなってしまう、これが一揆発生に繋がるプロセスとその要因とも言える。信長はこうしたヒートアップする集団心理を危惧していた。

この頃大坂本願寺と対峙していた信長にとって一向一揆との戦い、その対応、事態の収め方は懸案の一つであったといえる。その状況の中での安土宗論。信長の中では当然、「防一揆」(どのようにして一揆を起こさせないか、どのようにして収めるか 「防災」という言葉をヒントにした造語)の意識が高かったことは容易に推察できる。

信長の意識の中に一揆の火種は摘み取っておきたいという意識は当然あったはず。
なので、こうした騒動は看過できないと考えていた。
だからこそ自ら対処し、裁定したのだと考える。

法華宗との関係においては、宗論後も一定の関係を保っている。本能寺や妙覚寺に宿泊したりしている。
ましてや罰として科した罰金すらも喜んで受け取っておらず部下たちに分け与えている。
この点を踏まえると、何か禁教令のようなものが出されたわけでなく、布教活動に制約を受けたわけでもなく、一定の関係を続けていた訳だから、一方的に弾圧したとは言えない情況にあるといえる。

こうした状況を踏まえると、何故信長が仲裁に入り、自ら宗論の場を提供したかが見えてくるのではないか。
法華側のヒートアップを押さえるため、計略の場として安土宗論を開催した。
そうした観点からすると、「必ずしも公平公正な判定をする必要がなかった」といえる。

次に法華宗徒の浄土宗側に宗論をけしかける行為について
2.「やる気のない相手(浄土宗側)に試合をけしかける法華宗徒の行為自体に問題があったのではないか?」
という点について。

浄土宗の僧侶は関東の僧侶。見知らぬ土地で説法を行っていた。
これは信長が新たに本拠とした「安土の町」で認められていた行為。何か問題を起こした訳ではない。
新しく作った町「安土」では内外へのアピールもあってか、まっとうな布教活動もある程度認められていたのだと考える。

断罪された法華宗徒二人の浄土宗の僧侶に対する行為は、明らかに「嫌がらせ」に近い行為。
浄土宗の僧侶の発した言葉「あなたたちの師匠を連れて来ればお答えしましょう」は、ある程度学識のある僧侶なら「宗徒をたしなめてくれるのではないか」、との期待を込めた方便と考える。
絡んでくる様子や風貌からまともに相手しない方が良い、回避した方が良いとの判断からこう回答したのだと見る。ましてや見知らぬ土地に来ている。余計なことに首を突っ込まない方が良いと考えるのは当然の判断。

宗徒が絡んだ状況を現代社会に置き換えるとどうなるか、少し考えてみた。

例えば…
大学での講義中、他大学の学生が乗り込んできて「先生の言ってることはおかしい」と言い出したとしたら…。
当然他大学の学生は、警備員などにつまみ出されてしまうだろうし、何処の学生か身元が分かれば、その大学に苦情が行く。

講演会中、講師に食って掛かる行為、こうした人はやはり警備員や係の人につまみ出されてしまう。ひどい場合は警察などへの通報も在り得る。身元が分かればその組織に苦情が良く。

テレビの公開討論中に割って入って悪質な異議を唱えるような行為、おそらくこの部分はカットされてしまうだろう。その他の対応は上記のものと同様になるであろう。

法華宗の宗徒がどのような発言をしたのか、この点については、安土問答のような明らかな記録がないから詳細については不詳である。しかし、状況から見ると、即答やまともに答える必要性を感じさせない内容だったのではと推察される。

宗論で断罪された二人の宗徒の師匠とされる僧侶。彼の罪は何であろう。
端的に言えば監督責任と管理責任だと考える。

先の他大学の学生が勝手に入ってきて教授に絡む話に例えるなら、つまみだされた学生が、あろうことか自分の大学の教授を連れてきて一緒になって食って掛かる行為をするようなもの。これは言語道断である。

だから
「まっとうに説法を行っている僧侶に対して横やりを入れて絡み、やる気のない相手(浄土宗側)に試合をけしかける法華宗徒の行為、この行為自体に問題があったのではないか?」と考える。

そして師匠を名乗る僧侶は本来、自分の宗徒を嗜め、迷惑行為を行わないよう注意するのが本分であるはずなのに、宗徒同様にけしかける行為を行った。

信長はこの三人を斬首に処しているが、なぜこの三人を許さなかったかを考えると理由が見えてくる。
まっとうな説法をしているものに対して異議を唱え宗論をけしかける行為は迷惑行為である。
信長は、二人の宗徒の師匠に対して、その管理責任、及び、他の僧侶を呼び寄せ騒ぎを拡大させた罪を問うたのだと見る。

信長の裁定は結果から見るとどこに問題があったのかが明白である。

安土宗論の本質は、こうした宗徒の暴走と管理責任の罪を問い、明確にするためのものである。
試合の判定の公平性はあまり重要ではない。

安土宗論はヒートアップして引っ込みがつかなくなった法華集団の暴走を止め、何が良くて何がダメなのかはっきりわからせるために開催された計略の場だと見る。

死者三人を出しているから余り茶化すことはできないが、『信長公記』を記した太田牛一は、こうした信長の独特のアイデア、その発想力とその処置、手際の良さ、諸悪の根源を見事に断ち切る行動力と痛快さに感銘を受け、後世の人にも分かるよう、この事件の経緯を最初からかいつまんで記しているのだと考える。
主はあくまで「信長の統治者としてのアイデアや手腕、決断力」加えて独創的な手法とその能力を伝えたいのであって「宗論の内容」自体を論じたくて記しているのではないと考える。

こうした考えに基づくと…
3.「信長は、妥協案を受け入れず、宗論での決着に固執する法華宗徒を懲らしめるために一芝居うったのではないか?」
4.これは、あくまでも騒動を収拾させるための手段であり、宗教弾圧ではないのではないか?
という疑問も解ける。

織田信長はどうすれば法華宗側が解決するか模索していた。その解決方法は、独特のユニークな方法だったといえる。相手が最も希望する方法と、自身が考える策略・計略を見極めて、最大限効果が得られる手法を選択し、提示し、実行した。

浄厳院での宗論開催を法華宗側に提案した時、それが信長の計略が発動したとき。なので、宗論の日取りが決まってから、試合当日、決着に至るまでの期間が、仕組まれた罠だと言える。計略発動に至るまでの行動は明らかに法華宗側に問題があったと思えるし、計略が発動するまでなら、法華宗側にも斬首という罰を受ける事態を回避できるチャンスは何度もあった。そういった点ではフェアであり、事前回避のチャンスはあった。だから、計略発動以降、宗論の審判・判定の公平性を問う事には疑問を感じる。宗論開始後の法華宗側は、公平な試合、まっとうな試合ができている、と思い込んでいたからこそ試合(宗論)の充実感を味わえたのであり、拮抗した試合であればあるほど、見せかけの試合、仕組まれた試合に没頭する状態となる。そこに隙が生まれる。論戦のボルテージが最高潮の時に真っ逆さまに罠に陥れる。どのポイントで陥れるか、どのように最大限の効果が得られるか、その見極めは、戦国大名として生き抜いてきた経験値に基づくもの、それが彼の実力でもある。

『信長公記』に記されていることにしっかりと目を通すと、宗論の論戦中、「妙」の問いを発端として事態が急変した事や信長が登場し断罪に至るまでの経緯もしっかりと記されてる。
何が良くて何がダメなのか、信賞必罰も明記されている。

その背景にあるのはヒートアップして暴徒化し止まらなくなるという特性を持つ一揆集団と対峙した信長だからこその対応。気に入る気に入らないという個人の好みだとか、自身の利益のためとか欲のためではなく、統治者として暴徒化する集団とどう向き合うか、真剣に向き合った上での結果である。最終的に、一揆にも繋がりかねない事態を未然に防ぎ、自ら治める安土の町の治安を守った。

私の意見としては、宗論の判定の公平性を問う議論に意義が感じられない。
宗論の判定に公平性を求めようとするとこの事件の本質が見えなくなってしまう。
それは、およそ四百年前法華宗徒たちが熱くなって見えなくなってしまった状況と何ら変わらないように感じる。

◆考察「安土問答 安土宗論」
1.安土問答 安土宗論 考察 第1回
2.安土問答 安土宗論 考察第2回
3.安土問答 安土宗論 考察第3回

 

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